MotoGPでは、コーナリングでブレーキをかけるとき、内側の足をぶら下げる「足出し走法」と呼ばれるものがある。
今では定着したライディング技法の1つだが、これをすることの原理や理由は誰も詳しくは分かっておらず、様々な説がささやかれている。
では、その「足出し走法」とはどんなものなのか、どのような説が議論されているのか、紹介していこう。
いつからMotoGPのブレーキングで足を出した?
この足出し走法を始めたのは、バレンティーノ・ロッシ選手だ。MotoGPクラスで5連覇を果たした2005年頃からだといわれている。
こちらが実際に行っている映像
当時から「ドクター」という愛称で親しまれている彼が、「ダングル(ぶら下げ)」を行ったことから「ドクター・ダングル」と呼ばれるようになった。
コーナーに侵入するとき、内側の足をバイクのステップから外して、それを前後に揺らす。コーナーを回りながら、足を戻していくというものだ。
それをほかのライダーたちが真似していったことから、この走法が1つのやり方として定着していった。
なぜブレーキングで足を出す理由が議論されているのか?

なぜ足を出すと良いのか、それは今でも正確な答えが分かっていない。
これを編み出した張本人、ロッシ選手でさえ「なんとなく、フィーリングで」と答えるに留まっている。彼は自身のライディングセンスと経験から勝手に体が動いているため、説明しにくいというか、できないというのが本音だろう。
それ以来、周りでいろいろな分析が行われている。いわれている説の主要なものを取り上げていこう。
ロッシ選手の真似をしたかった
運動力学や心理学に基づいているものではないが、一番通説となっているもの。
ロッシ選手は、当時チャンピオン5連覇という押しも押される勢いで、その影響力は凄まじいものがあった。
彼は特にテクニックとして開発したものではない。これを初めて行ったのは決勝戦でのことで、本当に「なんとなく」だったのだ。
それが上手くいってスタイルになり、ほかの選手たちも真似するようになった。真似してみたら「上手くいった」というライダーも増え、普及したのではないかと考えられている。
特に当時の彼に憧れていた若いライダーたちには、彼のように早くて強いライダーになれるとあれば、何でも真似したがる傾向にあっただろう。
とはいえ、多くのライダーが現在も採用しているということは、このアクションが何かしらの効果を与えていることは事実だ。そこで考えられているのが次の説。
バランスを取りやすい

ブレーキング時に、マシンとライダーの重心を、下方および前方に移すことで安定するというものだ。
MotoGPマシンが4ストローク化してから、マシンはパワフルになり操縦もより難しくなってくる。
コーナーに入る直前、ブレーキをかけながら体は曲がる方向に傾く準備をする。直前で足を出してバランスを取ることにより、この時点での傾きすぎを防ぎ、安定したコーナリングを行えるという説だ。
そしてもう1つ有力なのがブレーキング。
一種のエアブレーキである
ステップから足が離れることで、もう1つの空気抵抗を生み出す。これがブレーキ代わりになるため、ブレーキングを極力抑えながらバイクが寝かせやすくなるというものだ。
選手の余計な動きはタイムロスにつながるが、自身の動きを活用することによりマシンの操縦を効率よくコントロールできるという。
選手それぞれの「足だし」走法

これらの諸説はあり、今でも各国で様々な分析が行われているが、実際にはどれが正しいと定義することは難しい。それが成功する理由は、選手それぞれ違うのではないかと考えられる。
体格も違う、マシンも違う、テクニックも違うため、効果がある・ないもあるだろう。
ブレーキングでは、足を出さない選手も

こうして1つのライディングスタイルが普及したわけだが、この中で唯一「ドクター・ダングル」をしていない選手がいた。それがホルヘ・ロレンソ選手だ。
彼はマシンが彼の一部であるかのように、操縦は優雅でムダがない。コーナリングでも、入る前にブレーキを完了しており、マシンを傾けてスピードを調整し、全体のプロセスの流れを変えることがない。
もちろん、彼が足出しをしなかったことを、ライバルとしてロッシ選手への対抗心はあっただろう。当時はロッシ選手の「ドクター・ダングル」の話題がよく取り上げられ、インタビューで彼は、「その話ばかりでうんざり」とコメントしている。
彼はほかのライダーとは異なり、独自のスタイルと信念を持っていた。そして、実際にレースでロッシを打ち負かし、ドクター・ダングルをしなくても勝てることを証明している。
それが、足を出すことの原理を立証できず、議論が続いている理由かもしれない。
ブレーキングの進化、どこまで続く?

そして今、マルケス選手がコーナリングで彼の身体能力を限界まで使い、70度のバンク角を実現しているように、ライディングスタイルはまだ発展している段階だ。
スタイルに完成形はないだけに、これからどのようなスタイルが編み出され、進化していくのだろうか。
またどのようなマシンが新たに誕生し、どのような選手が新たなスタイルを生み出すのだろうか。今後がますます楽しみである。
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